About Vichy

水の都ヴィシー

故郷はフランス、水の都ヴィシー

パリから南へ300km。
オーヴェルニュ地方にあるヴィシーの街は紀元前より王侯貴族たちのスパリゾートとして愛され、今も"水の都の女王"と呼ばれています。

ヴィシーには毎年多くの人々が訪れ、スパやゴルフ、ヨット、カジノなどを楽しんでいます。また、芝生の美しい公園では、散歩を楽しむなど、ゆったりとした時間を過ごすことができます。

水の都ヴィシーの景観

ヴィシーの歴史

ガロ・ロマン時代

ヴィシーの地は温泉療養地としてすでに広く知れわたっていました。

15世紀

ブルボン家のルイ2世が水質を賞賛し、源泉の上の岩場にセレスタン修道院を設立。 ヴィシーセレスタンの名前の由来となりました。

17世紀

セヴィニエ夫人の肖像

セヴィニエ夫人が療養のためにヴィシーに滞在。書簡の中で滞在生活の様子について描写しています。

セヴィニエ侯爵夫人(マリー・ド・ラビュタン=シャンタル) 書簡文学者。フランス貴族であり、日本ではセヴィニエ夫人と呼ばれる。 彼女が娘に宛てた書簡は1,500通にも及ぶ。書簡の中で、17世紀後半の鮮やかな時代風景をつづられており、優れた年代記として評価が高い。

1861年

皇帝ナポレオン3世とその宮廷人が彼ら専用の湯治場を設立。 また、セレスタンの泉は勅令により、"公益の水"として宣伝されました。

1867年

ヴィシー・フェルミエ社にてセレスタンの源泉を初めてボトリング。

ヴィシー・フェルミエ社外観